「また法改正か」。
この感想は正直だと思う。労働関係の法改正は毎年のように続き、中小企業の人事担当者が全部を把握するのは、実際には難しい。
ただ、今回は少し構造が変わっている。何が変わったのか、5分だけ付き合ってほしい。
何が「変わった」のか
2020年に厚生労働省が策定した「エイジフレンドリーガイドライン」は、法律に根拠のない任意のガイドラインだった。取り組むかどうかは事業者の判断に委ねられていた。
2026年4月1日から施行された改正労働安全衛生法第62条の2で、高年齢者の特性に配慮した措置を事業者が「努めなければならない」と法律上に明記された。これを受けて告示されたのが「高年齢者の労働災害防止のための指針」(令和8年2月10日 高年齢者の労働災害防止のための指針公示第1号)だ。
変化の核心は「任意」から「努力義務」への転換だ。
「努力義務だから罰則はない」は正確だ。ただ、労災が起きたとき「指針が存在していたにもかかわらず、何も取り組んでいなかった」という事実は、安全配慮義務の判断文脈で重みを持つ。罰則の話ではなく、「起きてしまった後」の話として捕らえるほうが現実に近い。
指針が求める5つの柱——どれが「うちに関係あるか」
指針は5つの措置を列挙している。一覧で示す前に、一つ問いかけたい。
「5つ全部やらないといけないのか?」
答えは「いきなり全部は難しい。優先順位がある」だ。以下の5つを見ながら、「うちで詰まりそうな場所」を探してほしい。
1. 安全衛生管理体制の確立 担当者・担当部門を明確にし、経営トップが方針を表明する。安全衛生委員会(または同等の場)で高年齢者対策を議題にする。
2. 職場環境の改善 防滑素材・段差解消・照度確保・重量物補助機器など、身体機能の変化を前提とした設備の見直し。
3. 健康や体力の状況の把握 法定の定期健診を確実に実施し、体力チェックを継続的に行うことが望ましいとされる。
4. 健康・体力の状況に応じた個別対応 健診結果や体力チェックの結果に基づき、必要に応じて労働時間の短縮・深夜業の回数減少・作業転換等の措置を講じる。
5. 安全衛生教育 高年齢者本人への教育と、管理監督者・若年労働者への教育、両方が求められる。
現場で詰まる4つの場所
以上を読んで「やろうと思えばできそうだが、どこから手をつけるか」という感想を持ったなら、それは正常な反応だ。
職場の現場で繰り返し出てくる「詰まりポイント」は、だいたい4つに絞られる。
① 産業医がいない 労働者50人未満の事業場には産業医の選任義務がない。健診結果を就業判断につなげる専門家が、構造上いない。この場合、地域産業保健センター(JOHAS)が無料で健康管理のサポートを提供している。「産業医がいないからできない」という状況は、実は回避できる。
② 安全衛生委員会がない 50人未満には設置義務がない。指針は「労働者の意見を聴く機会等を通じ、労使で話し合うこと」を求めている。朝礼の5分が「話し合いの場」になり得る。
③ 体力チェックの方法がわからない フレイルチェックや厚生労働省提供のオンラインツールから試験導入できる。費用はほぼかからない。難しく考えなくていい段階がある。
④ 費用がない エイジフレンドリー補助金(中小事業主向け)が活用できる。転倒防止対策・腰痛予防・熱中症対策に係る設備整備が補助対象になっている。
一歩目
指針の5項目に対して「できていること」「できていないこと」を、経営者が1枚の紙で確認する。その中で、費用ゼロで今日から着手できるものを一つ決める。それだけでいい。
もし体制を整える段階に進むのであれば、指針の5項目に対応した年間推進計画を策定し、定期的に進捗を確認する場を設ける。産業医または地域産業保健センターの意見を就業判断に反映させる仕組みをつくり、書面で記録を残すことになるが、まずはこの一歩から始めてほしい。
次回予告——「転倒は老化の問題じゃない」の意味
指針の5つの柱のうち「職場環境の改善」に直結するのが、転倒事故の問題だ。
60歳以上の死傷で最も多い事故類型は転倒。なぜ、経験豊富なはずのベテランが、見慣れた職場で転ぶのか。
「足腰が弱くなったから」では、説明がつかない部分がある。次回はその謎を掘り下げる。