地方出張でタクシーに乗った。運転席には白髪の運転手。別の街でも、同じ景色だった。乗ったタクシーの運転手が全員高齢だ。東京都では比較的若いタクシーの運転手に当たることはまだある。ただ東京都以外では様子は異なるようだ。
「運転手の方は、年齢層が変わってきていますか」と尋ねると、「若い人が来ないから」という答えが返ってきた。それ以上でも以下でもない、淡々とした返答だった。
なぜそうなっているのか、少し考えてみた。
数字を見てみると、何かが見えてくる
厚生労働省「令和6年の労働災害発生状況」によれば、休業4日以上の死傷者数は135,718人。4年連続で増加している。
そのうち60歳以上が占める割合は約30%。「60歳以上の死傷年千人率(就業者1,000人あたりの死傷者数)」は4.00で、全年齢平均の約2倍だ。
ここで少し立ち止まりたい。
「60歳以上だから危険」という結論に飛ぶのは、早すぎる。同じ65歳でも、体力的には50代と変わらない人もいれば、70代相当の変化が出ている人もいる。個人差は想像以上に大きい。
では、この統計が示しているのは何か。
「高年齢者が増えた職場で、職場の設計は変わっていない」——という状況ではないか、という仮説だ。
2040年、現場はどう変わるか
国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口(令和5年推計)」によれば、2040年には65歳以上が全人口の約35%を占める。
「高齢者に働いてもらわないと回らない」社会は、すでに始まっている。高年齢雇用安定法の改正(令和3年施行)で、70歳までの就業確保措置が努力義務になったのも、その流れの中にある。
これは「高齢者を雇うかどうか」の問いではない。「どういう設計のもとで働いてもらうか」という問いへの転換だ。
2026年4月、制度の前提が変わった
2026年4月1日、改正労働安全衛生法第62条の2が施行された。高年齢者の特性に配慮した措置を事業者が「努めなければならない」と法律に明記された。
これに基づき告示された「高年齢者の労働災害防止のための指針」(令和8年2月10日 高年齢者の労働災害防止のための指針公示第1号)は、従来のエイジフレンドリーガイドライン(法的根拠なし)に代わるものだ。
指針が求める措置は5つに整理されている——管理体制、職場環境の改善、健康・体力の把握、個別対応、安全衛生教育。
「努力義務だから罰則はない」は正しい。一方で、労災が発生して安全配慮義務が問われる場面では、この指針への不対応は不利に働く。罰則ではなく、「起きてしまった後」の問題として考えるほうが現実的かもしれない。
職場の健康管理の現場で気になること
「要治療と出ているが、受診していない」というケースは少なくない。本人に自覚症状がなければ、受診につながりにくい。
これを「本人の問題」と見るか、「仕組みの問題」と見るかで、打ち手が変わる。
大企業では産業医がその橋渡しを担える。しかし、産業医の選任義務がない50人未満の事業場(日本の事業場の大半)では、その仕組みがそもそも存在しないことが多い。
「誰も気づいていない」のではなく、「気づいた人が何もできない状態になっている」というほうが、正確な表現かもしれない。
何から始めやすいか
まず御社の「いまの状態」を把握することから始めてみてほしい。
「自社の60歳以上の割合」と「直近1年の事故・ヒヤリハット事例の年齢分布」を集計する。費用はかからない。それだけで、現状が見える。何かあれば、そこが次のステップの起点になる。
もし体制が整っている場合は、産業医や担当の保健師と連携して、高年齢者の健診結果を就業判断に反映させる体制を構築するという選択肢もある。産業医の選任義務がない事業場は、地域産業保健センター(50人未満でも無料)が起点になる。安全衛生委員会(または経営者と労働者が話し合える場)で高年齢者対策を定期議題にすることも効果的だ。
次回予告——「また法改正か」の先にあるもの
指針の5つの柱は、読めば読むほど「どれが優先順位なのか」という問いが浮かぶ。
実際に企業が対応を進めようとすると、詰まる場所がいくつかある。産業医がいない。安全衛生委員会がない。体力チェックの方法がわからない。費用がない——。
次回は、その4つの「詰まる場所」を一緒に整理してみたい。「また法改正か」で終わらせないための、実務の話だ。