職場の面談室で、こんなやり取りがありました。 「新入社員のAさん、最近どんな様子ですか」という問いに、管理職の方が答えます。「わからないんですよ。元気そうに見える日もあれば、休憩時間にずっと下を向いている日もあるし。声をかけるべきか、そっとしておくべきか、判断がつきません。今、何もしない方が良いのか、それとも何かしてあげるべきなのか…」 その方の顔には、困惑と、そしてどこか申し訳なさそうな表情がありました。「何もしてあげられていなくて」という思いが伝わってきました。 この迷いは、決して弱さではありません。むしろ、その部下のことを見ている証だと思います。ただし、そこにはひとつの誤解が隠れているかもしれません。

「見守る」と「放置する」は別ものです

4月から新しい環境に身を置いた人は、毎日、多くのことに適応しようとしています。業務の流れ。人間関係。職場の暗黙ルール。朝から晩まで、見えない緊張が続いています。 その過程で、戸惑いが生まれるのは自然です。やる気がある人でも、新しい環境では不安が増します。得意な仕事でも、新しい組織の中では手探り状態になります。 管理職の皆さんが感じる迷いは、その部下の姿を感覚的につかんでいるからこそ生まれています。「何かある」と気づいている。ただ、その「何か」が何なのかは、本人も、周囲も、まだはっきりしていない。そこに、声をかけるべきか、時間をかけるべきかの判断が難しくなるのです。 ここで大事なのは、「見守る」と「放置する」の違いです。 見守ることは、相手に気づいているというメッセージを送り続けることです。そこにいるあなたのことを、ちゃんと見ていますよ。その営みは、存在の表明です。声をかけることばかりが関わりではありません。「気づいている」という視線そのものが、新入社員にとって大きな安心になります。 放置することは、その逆です。いないものとして扱う。困っていることに目をつぶる。相手の存在を認識していないままに時間を過ごすこと。これは、見守りではなく、孤立を生み出します。

距離感の設計

管理職が部下に接する距離は、「近すぎず、遠すぎず」である必要があります。 近すぎれば、新入社員は成長の余地を感じられません。毎日のように「大丈夫?」と声をかけられれば、逆に不安が増します。「自分はそんなに頼りにならないのか」と感じたり、「完璧に対応しなければ」というプレッシャーが強まったりします。 遠すぎれば、その人は一人で抱え込みます。わからないことがあっても聞きにくくなります。困っていても、相談する関係が築かれていない。そうして、ある朝、突然、欠勤という形で問題が表面化することもあります。 丁度良い距離とは、どのくらいなのでしょうか。 面談の場で出会った人たちの話を聞いていると、「声をかけてくれた」という記憶が思わぬ力になっていることに気づきます。特に印象的なのは、タイミングです。 「あるとき、何度か失敗してしまったことがあって、もう退職を考えていた。そこへ、上司から『最初の3ヶ月は、誰もが試行錯誤する。あなただけじゃない』という言葉をもらった。別に、その時点で特に手厚いサポートがあったわけではないけど、その言葉があって、続けることができた」 こうした経験を重ねていると、わかることがあります。それは、声をかけるタイミングが完璧である必要はない、ということです。 「今がいいタイミングかな」と少し迷いながらも、声をかけてくれる。その迷いの中にこそ、相手のことを考えている姿勢が表れています。「大変そうだから」「心配だから」という理由が、相手に伝わる。完璧なタイミングでなくても、見守る側の真摯さが伝われば、その新入社員は「ここにいてもいいんだ」と感じることができます。

管理職にとっての「適応」

シリーズの第1回では、「適応は誰にでも起きること」を描きました。第2回では、「適応のグラデーション」と「見えにくいサイン」について考えました。 その上で、今回お伝えしたいのは、管理職自身も、新しい部下を迎えることに「適応」しているのだ、ということです。 新入社員が新しい環境に適応するのと同じように、管理職も新しい関係を築いていくプロセスの中にいます。「どう接していいかわからない」という迷いは、その適応のプロセスそのものです。誰かを見守る経験をするのは、初めてかもしれません。前回の部下の時とは違う状況かもしれません。その中で、試行錯誤する。それが、管理職としての成長です。 面談を通じて感じることがあります。回復は直線ではなく、行きつ戻りつするということです。 良い方向に進んでいたはずなのに、ある時期になると気分が落ち込む。職場に順応してきたように見えたのに、再び不安が増す。そうしたことは珍しくありません。それは、その人が弱いわけでもなく、回復が失敗したわけでもなく、適応というプロセスの自然な揺らぎなのです。 同じことは、管理職の見守る営みにも当てはまります。対応の手応えがないと感じる日もあるでしょう。声をかけたのに反応が薄い。やったことが本当に良かったのか、疑問に感じる。そうした揺らぎの中で、見守り続けることが、実は最も大きな適応の営みなのです。

「ここにいてもいい」と思える瞬間

外来で診療していると、「ちょうど良いタイミングで声をかけてくれた人がいて」という話を聞く機会があります。その人にとって、その声かけは、文字通り「続ける」ための支えになったのです。 別に、仕事のやり方を細かく教えてくれたわけではない。専門的なスキルを磨かせたわけでもない。でも、「あなたのことを見ていますよ」というメッセージは、その人の心に届きました。 職場に来た新しい人が、「ここにいてもいいんだ」と思える瞬間は、どんなときなのでしょうか。 それは、完璧なサポートが揃ったときではなく、不完全でも真摯な関心を向けられたときなのだと思います。失敗を責めない環境も大事ですし、明確なゴールを示すことも大事です。でも、それと同じくらい大事なのは、「あなたのことに気づいている」という存在の表明です。 見守ることは、何もしないことではありません。むしろ、もっとも難しい、そして強力な関わり方なのです。距離を保ちながら、視線を向け続けること。完璧さを求めず、誰かの成長のプロセスに付き添うこと。その営みが、新しく来た人の心に、「ここにいてもいい」という感覚をもたらします。 あなたの職場に来た人が、毎朝、職場へ向かうとき、どんなことを思っているでしょうか。そして、あなたのまなざしが、その人にどんな影響を与えているでしょうか。その問いを自分の中に持ちながら、日々の関わりを重ねていく。それが、見守る側の適応であり、それは、組織全体の健やかさへとつながっていくのだと思います。


参考文献・参考資料

- 岡野憲一郎『心に傷を持つ人へのまなざし』(医学書院)— 精神科臨床における「見守ること」と支持的関わりについて - Schein, E. H. (2015). *Humble Inquiry: The Gentle Art of Asking Rather than Telling* — 組織内の関心の示し方と心理的安全性の構築 - American Psychiatric Association (2013). *Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders (DSM-5)* — 適応障害の診断基準における環境への段階的適応について